まだまだ暑さの続く9月の土曜日の午前、インターホンが鳴り、出てみると郵便局の方でした。速達とのことで、驚いて受け取りにいくと、日本書展事務局からの封書でした。
一気に緊張が押し寄せ、手を震わせながら開封すると、『内閣総理大臣奨励賞』という文字が目に飛び込んできました。一瞬、心臓が止まるほどの衝撃を受けました。
驚きのまま、すぐに師である古川司邦先生にお電話しました。心臓の鼓動が電話の向こうに聞こえているのではないかというほど動揺した状態で、先生のお声を聞いた瞬間、感極まって涙が溢れ、言葉になりませんでした。「ありがとうございます。」と御礼を申し上げるのが精一杯でした。先生は、「おめでとう。今まで色んなことがあっても頑張ってきたからね。」と、大変喜んでくださいました。
また、佐伯方舟先生にも御礼のお電話をしましたところ、「おめでとう!体調を崩さないで頑張ってね。」と温かいお祝いの言葉を頂きました。
時間が経ち、少しずつ落ち着きを取り戻すにつれて、受賞の喜びが実感として湧き上がり、ますます感謝の念で胸がいっぱいになりました。
主人や娘たち、そして母にも連絡したところ、「すごいね!おめでとう!」と、皆まるで自分のことのように喜んでくれました。
今回選んだ作品は、「西本願寺三十六人家集」の中の『石山切伊勢集』です。
日本書展への出品にあたっては、漢字作品とかな作品を交互に挑戦してまいりましたが、ここ数年はかな作品に連続して取り組んでおりました。
勉強を進めるにつれ、かなは文字と美しい料紙との調和によって、優雅で高貴な世界に導いてくれるものだと思うようになりました。そこで、今回は他に類例のない優雅華麗な平安文化の極致であり、特に継ぎ紙が独特だと言われている「西本願寺三十六人家集」の中から『石山切伊勢集』を選びました。
本作品においては、料紙と墨色の関係、そして料紙の配置について苦労しました。
かなの勉強を始めた当初は、臨書する際は字形に目が行きがちで、どうしたらうまく書くことができるのかという点が悩みでした。その後、粘り強く勉強を継続していくことで、文字と料紙の調和という視点を取り入れて作品に取り組めるようになってきました。
特に今回の制作においては、料紙と墨色の関係が課題でした。例えば山や川の継ぎ紙については、とても濃い色なので、文字は相当濃く書かなければいけないと想像はつきましたが、白の料紙は意外なことが起こりました。白に墨の黒色は目立つと思い、墨を少し薄めに磨ったところ、白の上では、逆に墨の薄さが目立つのです。最終的には継ぎ紙とのバランスも考え、全体を通して濃く書くようにしました。ただ、そうすると、墨も重くなり筆の動きも悪くなってしまうため、とても苦労しました。
さらに、料紙の配置についても、決定にはかなりの時間を費やしました。『伊勢集』は本来、粘葉装の冊子本であり、平面にするとどうしても違和感が生じます。まずは、その違和感をどう解消するかを第一に考えました。
古筆複製の第一人者・田中親美が書写した伊勢集の複製本を見たとき、白の料紙も多かったため、今回は白を基調にしようと決めました。しかし『伊勢集』の継ぎ紙を揃えることは非常に難しく、手元にある継ぎ紙をどこの位置に置いたら良いのか、非常に悩みました。原本と同じ継ぎ紙は、原本通り配置しましたが、その他は、古川司邦先生に何度もご相談してお力添えをいただき配置することができました。
また、実際に臨書をする上では、芸術新聞社発行の『墨』292号に掲載された「臨書古典講座」の中で佐伯方舟先生が「紙の色の濃い部分では墨量も多くし、文字が紙色に負けないように工夫されている」というお言葉がとても参考になりました。
小学1年生の頃から近所の書道教室に通っていましたが、ライフステージの変化に伴い、中断していました。
結婚出産を経て、子どもが高校生になった頃、ふと自身の書いた文字を見て溜息をついた自分がいました。これはどうにかしなければと思っていたところ、東武カルチャーの開講のチラシを目にしました。すぐに申し込みを済ませ、出会ったのが古川司源先生、司邦先生ご夫妻でした。お二人の丁寧なご指導のおかげで、書が広く深く難しいものであることを痛感し、もっと学んでみたいと思い、先生のお教室に直接通うことにいたしました。
まず、どのようなライフスタイルでも取り組むことができる点です。
書は個人の活動ですので、自身の生活スタイルに合わせて取り組む時間帯を選べますし、自身の体調に合わせて作品制作の環境を調整し、限られた空間で静かに集中することができます。また、そのときの自分自身を「作品」という形で残すことができます。
そして何より、長い歴史が作り上げた深く幅広い書の世界だからこそ、興味を持ち始めたらそれを探究してみたくなります。それは簡単なことではなく、悩み、苦しみ、時には泣いて挫折感すら味わいます。そのうちに小さな光が見え始めます。その光にたどり着いた時の気持ちが、書の醍醐味だと思っております。なかなか味わえませんが、だからこそ良いのかもしれません。
この度は『内閣総理大臣奨励賞』という身に余る賞を賜り、誠にありがとうございました。
佐伯司朗先生、佐伯方舟先生をはじめ、現代書道研究所の先生方に深く感謝申し上げます。
自身の字に溜息をついていたあの頃から、ここまでご指導くださった古川司源先生、古川司邦先生には感謝の言葉しかありません。新しい壁が立ちはだかる度に、「難しい。自分には無理だ、できない。」と後ろ向きの言葉を発して、先生方を困らせてばかりでした。しかし、両先生方は私の不安な気持ちに優しく寄り添って対応してくださり、壁を乗り越えられるように導いてくださいました。
博識な司源先生が、「自分はまだまだ。」とおっしゃって、現在進行形で精力的に書を探究されているお姿には、本当に頭が下がります。私も、そのお背中を見て進んでいきたいと思っております。多忙を極める司邦先生が、添削やご指導はもちろんのこと、私たち弟子一人一人の状態を把握し、睡眠時間を削ってまで細やかに準備してくださることに感謝の気持ちでいっぱいです。これからは、少しでも先生方のお手伝いができるように微力ながら頑張りたいと思います。
また、社中の皆様が本当に良い方ばかりで、相談できたり、楽しく笑ったり、励ましあったり、互いに切磋琢磨できる環境に幸せを感じています。
そしてここまで家族からたくさんの協力を得て続けることができました。
昨年父が亡くなり、母が独り暮らしになりました。主人も体調が優れない上、娘たちの出産や育児等もありました。さまざまな出来事が重なり、それぞれのフォローに十分な時間をかけられませんでした。それでも、皆一様に私が作品制作を行う姿に協力し、応援してくれました。本当にありがとう。
今後は、現代書道研究所のご発展のため、お役に立てるよう精一杯頑張りたいと思います。佐伯司朗先生、佐伯方舟先生、古川司源先生、古川司邦先生、現代書道研究所の諸先生方、これからもご指導のほど何卒宜しくお願い申し上げます。
山口 邦晄 (ヤマグチ ホウコウ)
ちょうど引越しの最中で受賞通知が届いていることに気が付けず、古川司源先生からのお電話で受賞を知りました。
「おめでとう!文部科学大臣奨励賞ですよ。」という第一声は、全く予想していなかったために最初は理解が追いつかず、すぐに言葉が出てきませんでした。司源先生が「第2席ですよ。おめでとう!」と続けてくださり、ようやく状況を飲み込めました。嬉しさでいっぱいになり、思わず涙が溢れました。
その後、佐伯司朗先生にお礼のお電話をしたところ「おめでとうございます。これからも頑張って下さい。」と優しくおっしゃっていただきました。
近くにいた主人と子ども達は、泣いている私を見て何があったのかと驚いている様子でしたが、受賞を知らせると「ママすごいね!おめでとう!」と、とても喜んでくれました。
また、私の父は共に古川先生ご夫妻のお教室に通っており、毎年一緒に日本書展に出品し続けてきました。その父に報告したところ「おめでとう。」と喜んでくれました。古川司源先生、古川司邦先生はもちろん、支えてくれた家族に喜びと感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。
『日本書紀 第十巻』を臨書いたしました。
『日本書紀』は奈良時代に完成した日本に現存する最古の正史です。私が臨書した第十巻は、応神天皇の治世を記録した部分であり、日本が大きく発展する転換期が描かれています。和様体の日本人らしい美しさと力強さのある書体、日本の歴史が述べられているところに魅力を感じ、臨書いたしました。書いているうちに、まるで作品の世界に吸い込まれるように伸びやかに、そして気持ちよく書くことが出来ました。
一点は、作品制作の時間を捻出することです。
基本的に子どもたちが寝た後に集中して書く時間を作っているのですが、今年は夏休み前から次男の体調が優れず、絶対安静といわれた期間が長くありました。看病に時間を費やしたのはもちろんですが、母親として次男のことが心配で筆を持つ気持ちになれず、今年は出品を諦めようと考えました。幸い、次男の体調は安定したのですが、一度出品を諦めることを考えたことが影響し、技術的にも精神的にも作品を書き進めるペースを戻せなくなってしまいました。
「このままでは到底締め切りに間に合わないので、本当に出品を諦めようか。でも、ここで諦めて良いのだろうか。」と悩みました。諦めたら自分のことを嫌いになってしまう気がしていました。しかし、そのようなときでも、子どもたちは変わらず「ママお習字頑張ってね!」と私に言ってからベッドに入るのです。「あぁ、子どもたちはいつも私の姿を応援してくれているんだった。頑張らないと!」と思いました。それからは安定して書き進められるようになり、何とか締め切りにも間に合わせることが出来ました。
そして、もう一点は文字の中心を揃えることです。昨年、佐伯司朗先生に「中心線を引かなくても、文字を見た時に中心線が見えるようになるよう、日頃から練習が必要です。」とご指導いただいてから、全体のバランスや中心を何度も何度も確認しながら書き進めるようにしました。
4歳からです。私には6歳年上の兄と4歳年上の姉がおり、兄と姉が通う近所の書道教室に私がいつもついてくるので、先生が「せっかく来るのなら…」と誘ってくださり、習い始めました。
その後、高校進学を機に書道部に入部したところ、顧問を務めていらしたのが古川司源先生でした。卒業後は書道から離れた生活を送りますが、社会人になり、色々なボタンのかけ違いから体調不良で動けなくなってしまいました。久々に墨の香りを嗅ぎたいと思い、思い切って高校時代の書道部の同級生に連絡をしてみたところ、古川司源先生のお教室に通っているという返事をもらいました。すぐにお教室の場所を聞き、私もお教室に通うことになりました。
自信をなくして、抜け殻のようになってしまっていた私を古川司源先生、古川司邦先生が優しく迎えてくださいました。久々に筆をもって書いた字を褒めてくださり、毎週お教室に楽しく通えるようになりました。
その後、結婚をして、双子と年子を出産し、忙しく子育てをしてきましたが、私の体調を気遣いながらも温かくご指導いただける古川司源先生と古川司邦先生、社中の方との素敵な出会い、そしていつでも変わらず支え続けてくれる両親や主人のおかげで、ここまで続けて来ることができました。
今では子供たちも小学生になり、少しだけ時間に余裕が持てるようになりましたので、子どもの通っていた幼稚園で書道教室を始めさせていただきました。まだ始めたばかり、生徒さんも少人数ですが、こうして書道を続けていられることが幸せです。
その時の感情や精神が書作品に現れる、それが書の魅力だと思います。何百年、何千年も前に書かれた書を臨書していると、当時の暮らしや政治のあり方などが目の前に浮かんできます。どんな場所で、どんな方が、どんな気持ちで書いたのか。また、どのくらいの速さで筆を入れ、止めているのか。かすれ具合を追っていくと書いた方の筆使いや呼吸も感じとれる気がします。たとえ、書かれた文字を完全に理解できなくても、その書から発せられるエネルギーや美しさ、そして書き手の精神性を感じることが出来ます。
日々の修練の積み重ねや文字を扱う上での真摯な姿勢によって、文字の表現が自然とにじみでます。書はまさに「ひととなりを映す鏡」だと思います。
この度は『文部科学大臣奨励賞』という輝かしい賞を賜り、誠にありがとうございました。また、同人推挙という名誉を賜り、佐伯司朗先生、佐伯方舟先生をはじめ現代書道研究所の先生方に深く感謝を申し上げます。この上ない光栄に胸がいっぱいです。
そして、今までどんな時でも温かく、育ててくれた古川司源先生、司邦先生。書の技術はもちろんですが、困っているといつも親身になって話を聞いてくださる先生方の深い愛情と温かいご指導があったからこそ、この場所までくることができました。また、社中の皆様にはいつも励まして頂きました。私にとって、古川社中は最高の学びの場であり心の安らぎの場です。
家族にもたくさん支えてもらいました。展覧会前になると書道の事で頭の中がいっぱいになっている私をいつも応援してくれて、私に書道に没頭する時間をたっぷりくれました。主人と子供たちの理解と支えに感謝しております。実家の両親は私が幼い頃から書道を習わせてくれ、今も変わらず私を支え、応援してくれています。
この賞はそうした皆様への感謝の気持ちを形としてお返しできたようで本当に嬉しく思います。
この度の光栄を出発点とし、今後はさらに書の道に邁進していきたいと思います。また、お教室で指導する立場としても、技術はもちろん、書く人の心がこもった温かい字を指導していけるよう、日々精進していきたいと思います。
佐伯司朗先生、佐伯方舟先生、古川司源先生、古川司邦先生、現代書道研究所の先生方、これからもどうぞよろしくご指導賜りますようお願い申し上げます。
高橋 源秀 (タカハシ ゲンシユウ)
ライター/伊藤藍
文章推敲/長野さやか・松藤和生・中嶋彩子
文章校正/松藤美香子・正田智恵