9月13日、今年度より仰せつかった「さくら学園本部」での本部長としてのお稽古を終え、自宅に戻ると速達が届いていました。封筒に印刷された「日本書展」の文字に、たちまち緊張を覚えながら開封すると、『内閣総理大臣奨励賞』とありました。受賞の重みと責任を自覚すると同時に、今後への不安がよぎりました。
とにかく、師である渡邉司寳先生にご連絡しなければと、お電話したところ「おめでとう。本当によく頑張りましたね。」とお祝いの言葉をかけていただきました。また、息子たちは共に司寳先生のもとでお稽古に励む書友でもあるので、私の不安を拭い去るように大変喜んでくれました。
翌日、佐伯司朗先生にお礼を申し上げると、「これからも頑張ってください。」と優しく仰ってくださいました。お世話になっている同門の皆様からもたくさんのお祝いの言葉をいただき、ようやく受賞の喜びと実感が高まってきました。
『石臺孝経』本文の全臨です。
これまでに同じ題材を3度、サイズや字組を変えて日本書展に出品してきました。4度目の今年は集大成の作品にしようと純雁皮の紺紙に金墨汁を使って書き上げました。
5年前の日本書展で特選に入賞し、翌年の題材を司寳先生に相談したところ、今後継続して学ぶべき古典の一つとして『石臺孝経』をご提案いただきました。『石臺孝経』は司寳先生のお教室(鹿沼本部)入会のきっかけとなった法帖でしたので、これを学べることにご縁を感じました。
初めて臨書した『石臺孝経』の展覧会場に母を連れて行くと、司寳先生が「これは親孝行について述べられているのですよ。」と説明してくださいました。そのとき初めて、憧れの法帖を内容も分からず臨書していたこと、そして「親孝行」と呼べることをした自覚のない私が書いて良いのだろうか、と恥ずかしく思いました。それ以降『石臺孝経』に取り組むたび、「親孝行」という言葉が逡巡し、自らの生き方について深く考えるようになりました。毎回、作品の完成度を高めることはもちろん、書くことで自らを見つめ直す機会としたく、作品の題材に選んでまいりました。
大きく二つあります。一つは、書き始めるための準備です。特に『石臺孝経』の作品制作は準備が8割だと実感しています。まず、全体の字数を把握し、字組をして釈文入りの設計図を作ります。そこから下敷きを作り、罫を引きます。同じ法帖で作品制作をするとはいえ、毎回この準備が必要です。特に、紺紙は光の当たり方によって下敷きの線が見えなくなってしまうので、罫線引きは日没までしかできません。立った状態で長い定規を押さえ、慎重に全紙6枚分の罫を引く作業は体力的にとてもつらいのですが、司寳先生が工程ごとに褒めてくださるので、乗り切ることができました。
もう一つは、淡々と気持ちを切らさず書き進めることです。日本書展は準備と制作に1年を費やします。例年スケジュール管理を重視してきましたが、思い通りにはいきませんでした。ところが、今年は4月から本部長としてのお稽古も加わり、生徒たちの作品制作期間との兼ね合いを意識する必要があったおかげか、これまで以上にコツコツと平常心で書き終えることができました。
初めて筆を持ったのは小学1年生の夏です。字の綺麗な父に叱られ泣きながら、頑張って書いていたことを覚えています。数年後、近所の書道教室にも通いましたが、大人になってからは書と無縁の生活を送っていました。
長男が小学4年生になる頃、書道教室を探していると、母の知人から鹿沼本部をご紹介いただきました。息子たちの作品を見に社中展に足を運ぶと、高校生が書いた『石臺孝経』が目に留まりました。隷書体の美しさに惹かれ「私も書いてみたい」と鹿沼本部に入会しました。筆を持ち泣きながら書いていた、あの夏から想像もつかない姿ですが、司寳先生のご指導のおかげで教育部師範の資格も取得でき、今日に至ります。
異なる線質を持つ一画一画が構築していく文字の美しさだと思います。筆や紙質、墨の濃淡などにより生まれる表情の違う線と線が折り重なり、白と黒で表現された線が紙面全体にバランス良く配置された書作品に魅了されます。特に、中島司有先生の『三體千字文』を臨書させていただいたとき、その楷書の美しさに圧倒され、魅了されました。少しでもお手本に近い文字をと書くのですがうまくいきません。その際、自分の視野が狭くなっていて、全体のバランスや空間の取り方まで俯瞰する必要があることに気づかされました。司有先生の『三體千字文』は、今後も勉強していきたいです。
もう一つは、教えることが自身の成長につながることです。4月より仰せつかった「さくら学園本部」での本部長としてのお稽古では、日々上達する子供たちの姿を見ることができ、充実感を覚えています。一方で、今まで経験したことのない壁にぶつかることも増えました。子供たちがこれまでに身につけてきたことと自分が教えたいことが異なるとき、「書道の先生としての自分」がどう答えるべきか、日々勉強の毎日ですが、これこそが自身の成長につながっていると実感しています。
この度は『内閣総理大臣奨励賞』という栄誉ある賞をいただき、本当にありがとうございました。
2013年夏に鹿沼本部に入会し、渡邉司寳先生、渡邉司航先生、菅沼寳眞先生をはじめ、教室の皆さんに励ましていただきながらここまで参りました。大作が続いて大変だと思うときも、皆さんの温かい応援とお褒めの言葉で背中を押していただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
家族にも様々な苦労と迷惑をかけました。思えば主婦の趣味で始めた習い事が、年を追うごとに大作に挑戦するようになり、驚いていたと思います。和室に篭り昼夜を問わず書いているので、家事をしないこともしばしば。締め切りが近づくと、夜遅くまでお教室に行ったきりのこともありました。しかし、家族の誰一人文句も言わずに挑戦させてくれ、今回の表彰式にも同席してくれることとなりました。主人からは、会期中に会場で履けるようにと素敵な靴をプレゼントしてもらいました。家族の支えなくしては今の私はありません。今後は自宅での開塾を目指し、司寳先生のように「褒めて伸ばす」ことを忘れず、子供たちに書くことの楽しさを教えていきたいと思います。
また、この度の受賞に際し、同人会員推挙ということで身の引き締まる思いです。毎年、臨書作品を出品して参りましたが、今後は幅広く様々な作品を出品し、現代書道研究所発展のため、研鑽を重ねて参ります。先生方におかれましては、今後も一層のご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
今週もどうにか乗り切ったと仕事を終えて帰った金曜の夜、日本書展事務局からの速達が届いていました。開封したところ『文部科学大臣奨励賞』の文字が目に飛び込み、息を呑みました。状況が呑み込めず、宛名を慎重に確認し、もう一度文字を目でなぞってから、すぐに師匠の古川司邦先生にお電話しました。お稽古中であったにもかかわらず、先生はすぐに電話に出てくださり「おめでとう!」と、とても喜んでくださいました。
夕飯を待たせていた娘たちや帰宅後の主人にも受賞を伝えると「ここでずっと書いていた作品?すごいね」と驚き、喜んでくれました。受賞の喜びをかみしめるとともに感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。
『世説新書』を臨書しました。南朝宋の劉義慶が編集著作したとされる小説集で、梁の劉孝標の注釈文が小文字で記載されています。後漢〜東晋時代の名士らの言行・逸話が三十六のテーマに分類されており、今回は7〜8世紀の唐代の書写が伝わる、捷悟第十一、夙慧第十二、豪爽第十三を臨書しました。
私は日頃、かな書を中心に勉強していますが、色々な分野を学ぶことで専門分野のスキルアップや作品制作に活かせると考えており、ここ数年は、日本書展に漢字作品を出品してきました。今回の題材はこれまでの中で最も字数が多く、端麗優美な書風です。日本書展の会場に連なる、他を圧倒するような三幅の作品群に、私も仲間入りをしたく挑戦しました。
一つは、作品として成立させるための構成段階です。上述のように『世説新書』は逸話が書かれており、正確な文章で臨書するためには抜けている約70文字を原文通りに補完する必要がありました。辞書を引き、違和感のないよう字を補完することに時間を要しました。さらに、本文とは異なり注釈文の小文字は二行に書くため、特に改行の際には配置とスペースの確保に気を使いました。
もう一つは、文字の分析です。いざ書き始めてみると本題材の特徴的な起筆の書き方や右肩の筆遣いに加え、同一文字なのか、似た文字なのか、字形や書き方が実際に異なっているのか、そう見えるだけなのかを一文字ずつ丁寧に分析する必要がありました。唐代の歴史・文化・思想的背景についての理解が浅い私には、内容面から文字の予測を立てることが難しかったからです。提出期限も迫り、焦る私に先生から「原文どおりに、補筆修正をすれば筆者も喜んでくれるはずです。」と、技術はもちろん精神面でも丁寧で細やかなご指導をいただきました。一文字一文字に時間を要しましたが、きっと筆者は昔の逸話を丁寧に表現して、格調高く後世に伝えたかったのではないかと、同じ心持と筆致で書けたように感じています。
幼稚園の頃に私が「字を書きたい」と言ったため、近所の書道教室に通い始めました。その後、都内の私立高校に進学した私は書道部の門を叩きました。そこで顧問をされていたのが現在も師事する古川司邦先生でした。この部活動で優美な仮名、様々な古典のお手本、美しい料紙に触れたことで、書道の新たな世界に出逢いました。卒業作品として、きらびやかな料紙に書いた『源氏物語』などは、私の一生の宝物となりました。古川先生の社中展にお伺いし、古川司源先生にもお会いして、『九成宮醴泉銘』の作品について詳しく解説していただき、これほど博識な先生がいらっしゃるのかと驚いたことが印象深く思い出されます。
高校卒業後は、迷わず古川司源先生、司邦先生ご夫妻の教室にお世話になることを決めました。お教室では、司源先生には、主に近代詩文書作品の作り方や筆遣いをご指導いただいております。司邦先生は美しい仮名作品のご指導はもちろん、日常的に季節のご挨拶やその場にあった美しい文章を書くことをご指導くださいます。古川司源先生、司邦先生にお会いしてから三十余年、就職、転勤、結婚、子育てと人生のイベントを経ながら、どんな時もお導きいただき、書道と共に歳を重ねてこられたことをとても幸せに思っています。
その一瞬に情熱が注がれ、同じものは一枚たりとも書くことができないというところに魅力を感じます。簡潔で分かりやすく、統一した表記を求められがちな現代の活字社会で、書くたびに筆遣い、墨の濃淡、間合いが異なり、自分を表現し、時にはさらけ出してしまうことさえある書は、人間味あふれる文化です。
また、自分の世界を広げられることも魅力的です。漢文は、諱を避けるための欠字や異体字、また同じ文字を並ばせないために筆遣いが異なります。また仮名では、複数の変体仮名が筆者の感性で使い分けられていますし、和歌は背景や基礎知識を学ぶと歌の意味が理解できるようになります。書の題材が持つ奥深さはもっと知りたいという好奇心をくすぐり自分の世界を広げてくれます。
この度は栄えある『文部科学大臣奨励賞』を賜り誠にありがとうございました。
佐伯司朗先生、佐伯方舟先生、現代書道研究所の先生方のご指導のおかげと、心より感謝申し上げます。長年、師事しております古川司源先生、古川司邦先生には、やっとひとつ恩返しができ胸を撫でおろしています。私が書く時間を捻出することに悩んでいると、司邦先生はいつも「書道ができる環境にあることがありがたいのです。」と諭してくださいました。司源先生は、とても理論的に書き方を教えてくださいます。先生に添削していただいた課題には解説を書き込んでファイリングしています。これまでどんな時も、温かく見守り育てていただき、本当にありがとうございました。社中の皆さまにも苦しい時はいつも支えていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
主人とは仕事と書道を続けることを約束して結婚しました。ここまで書道に時間を割く生活は想定していなかったと思いますが、約束通り、私だけでなく、娘の作品展にも足を運んでくれています。実家の両親には、幼少期の一言をきっかけに書との縁をつないでくれたことを感謝しています。
この度の受賞に際し、佐伯司朗先生より「来年からは同人になるので、しっかり頑張ってください。」とのお言葉をいただきました。まだまだ勉強不足ではありますが、これから、先生方の足元に少しでも近づけるよう、この受賞を出発点として、一層精進してまいりますので、今後もご指導ご鞭撻のほど、何卒宜しくお願い申し上げます。
ライター/伊藤藍
文章推敲/松藤和生・松藤美香子・中嶋彩子
文章校正/長野さやか・正田智恵・直井彩