うだるような厳しい残暑が続く9月半ば、日本書展事務局からの速達封書が届きました。気楽な気持ちで封を開けると、なんと『内閣総理大臣奨励賞』の文字が目に飛び込んできました。
「え?まさか!」と何度も確認するうちに、居ても立ってもいられず、佐伯方舟先生にお電話いたしました。
驚きのあまり、御礼の言葉もそこそこに、ただただ「どうしたらいいのでしょう…」とうろたえるばかりの私でしたが、先生は「おめでとう!」と祝福の言葉とともに今回の受賞を大変喜んでくださいました。
今年は第45回の記念展ということもあり、とにかく「今までで一番」と胸を張れる作品を制作したいという気持ちで取り組んで参りました。それが、まさか第一席の賞を頂けることになるとは思いもせず、嬉しさはもちろんですが、これからますます大きな責任を伴うことを実感いたしております。
今回は『元暦校本万葉集』を臨書しました。
もともと「万葉集」には好きな歌がたくさんあるのですが、若い頃に持統天皇の生涯が書かれた書籍を読んだことをきっかけとして、より深く興味を持つようになりました。複雑な人間関係と時代背景を知ると、その歌の裏に作者の込めた想いが千年以上の時を越えて偲ばれます。
今年の毎日展で「万葉集」の創作作品を制作するにあたり、先述した古い本を引っ張り出して今一度読み返したところ、持統天皇の生涯に思いを馳せて夢中になった気持ちが再燃しました。そこで今回の日本書展では「万葉集」を臨書することで和歌の裏に込められた想いを表現しようと決めました。
ここ4年ほど、『元永本古今集』に取り組んでいましたが、今回の『元暦校本万葉集』では特に万葉仮名に苦労しました。
万葉仮名は、上代に日本語を表記するために漢字の音を借用(仮借)して用いられた文字で漢字の意味に関わらず用いられているため、釈文と照らし合わせて、ひとつひとつ確認しながら書き進めるのには大変時間がかかり、本当に書き上げられるのだろうかと、とても不安になりました。
また、作品全体を俯瞰したときの作品の見え方にも気を使いました。和歌の部分は万葉仮名と、かなとのまとまりが一首としてわかるように、そして不自然にならないように行間を工夫しました。さらに、昨年まで取り組んでいた『元永本古今集』は料紙がきらびやかで濃淡があるため、料紙ごとに墨色や線の太さも変えるようにしてきましたが、今年取り組んだ『元暦校本万葉集』は全て同じ料紙なので、これまでとは反対に作品全体を通して墨色や線質が一定になるよう表現し続けることが求められました。
初めて筆を持ったのは、小学1年生の頃です。担任の先生が日曜日にご自宅で開いていた教室でした。近隣の書道教室にも通いましたが、小学校卒業前にやめてしまい、それ以降は書道と全くかけ離れた学生生活でした。ところが、大学を卒業して一般企業に就職してから、宛名書きや賞状の揮毫を頼まれることがあり、もっと真剣に習っておけばよかったと何度も思ったものでした。
娘が小学生になった頃、また書道を勉強したいという思いは一層強くなりました。当時、橋本祥流先生の教室に通っていた叔母に相談し、私の自宅からほど近い小平で教室を開かれている坂本桂鳳先生を紹介していただきました。坂本先生には、これまでの書道とかけ離れていた生活を埋めてくださるかのように、本当に一から丁寧に、20年もの長きにわたりご教授を受けました。10年ほど前、先生がご高齢になられ、朝霞の総本部・佐伯方舟先生の教室に通うことをすすめられて現在に至ります。
私が考える魅力として3つ挙げたいと思います。
まず、真剣に学べば必ず結果がついてくるところです。私自身に照らしてみると、「今回が一番」と胸を張れるように作品制作に取り組み、真剣に学んだ結果は今回の受賞につながりました。また、教室の子供たちがコツコツと学び、前回よりも納得できる字が書けたという時の達成感に溢れた嬉しそうな顔を見るたび、彼らも必ずや結果につながるだろうと思わせてくれます。
次に、多岐にわたる学びの連続性です。臨書作品では、手本を読み始めた一瞬のうちに、千年以上前の世界を感じ、学ぶことができます。仮名の創作では、料紙選びから文字の選び方、ちらしの配置など、紙に筆を置く前から、それまで培ってきた自身の学びを総合的に発揮することができます。
最後に、いつからでも、誰でも人生を豊かにする生涯学習となりうるところです。現在、私は娘がお世話になった特別支援学校の卒業生の会で書道クラブの講師をさせていただいております。月一回の活動で、毎回試行錯誤しながら準備をするのですが、卒業生たちが目を輝かせて活動に取り組んでくれるたびに、生涯学習としての書の魅力を実感せずにはいられません。
この度は『内閣総理大臣奨励賞』という輝かしい賞をいただき、本当にありがとうございました。
また、さかのぼること三十数年前、現代書道研究所に導いていただいたご縁に深く感謝しております。このご縁が私の日常を大きく変えてくれたことは言うまでもありません。それまで、書道を学びたいと思いながらも程遠かった私の生活は、坂本先生との出会いによって様々な古典作品に触れ、千年以上にわたる日本の文字文化を学んでいくことで、一層濃く豊かなものとなりました。この美しい文化が後継の世代に脈々と引き継がれていくことを願うとともに、今回の受賞を機に、私もその担い手の一人となっていることを自覚し、今後の現代書道研究所の発展に寄与してまいりたいと決意を新たにしております。制約の多い自身の生活を顧みると、どこまでお役に立てるのだろうと不安にもなりますが、精一杯力を尽くしたいと思います。佐伯司朗先生、佐伯方舟先生、坂本桂鳳先生、現代書道研究所の先生方、これからも一層のご指導をいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。
9月も中旬となるのに未だ気温は30度を超える蒸し暑い日でした。額に汗をかきながら午前の予定を済ませ、昼食を摂りに自宅に戻ったところ、私宛に速達が届いているとのこと。「何事だろう」と開いてみると、そこには『文部科学大臣奨励賞』の文字がありました。
速達を受け取ってくれた妻からは「おめでとう!良かったね。」と言われましたが、私自身は、しばし唖然とし、嬉しいけれど喜んでいいのだろうかとなんだか落ち着かない気分でした。
師である梅澤司翔先生に「先生、大変なことになっています。文部科学大臣奨励賞です。」と、お電話で報告すると、「おめでとうございます。本当に良かったですね。」と大変喜んでくださいました。ようやく私の心も落ち着きを取り戻し、佐伯方舟先生にお電話をさせていただきました。方舟先生からは「おめでとう、良かったですね!」と温かいお祝いの言葉を掛けていただき、さらなる喜びが実感となって湧いてまいりました。このような大きな賞を賜り、本当に有難うございました。
『大般涅槃経巻第七』を書写させて頂きました。
我が家が代々お世話になっている菩提寺(真言宗豊山派)の前住職は、日曜の朝に壇信徒のおつとめ・霊場巡り等を行うなど、大変熱心にお寺の活動を行っておられます。さらに、彼と私は同級生で、学生時代からの友人でもありました。そういうわけで、私も日曜日は朝のおつとめに出席したり、四国八十八カ所巡りにも参加したりと、お寺の活動やお経そのものが身近な存在でした。
ここ数年の間に兄、姉、叔父、叔母が亡くなりました。生前可愛がってくれた故人への供養になればと思い、佐伯司朗先生が書かれたお手本の『般若心経』を敬写させて頂き、自宅の仏壇に供え掲げました。また、展覧会への作品制作においても写経作品を中心に挑戦してきました。昨年の日本書展では競書誌のCOSMOS銀河にある「写経講座」より『妙法蓮華経見寶塔品第十一』を書写して出品いたしました。「さて今年は何を書こうか」とずいぶん思案しましたが、やはり私としては懸命に筆を運ぶことで故人の供養をしたいと考え、今年も先述した「写経講座」より『大般涅槃経巻第七』を選びました。
まずは、このお経の書風である「すっきりした感覚」を表現するのに困惑しました。「力の無い者はお手本をしっかり見て書くことに尽きる」と自分を奮い立たせ、書き出したものの、なかなかうまくいきませんでした。
次の問題は、この長文のお経をどこで終わらせるかということでした。結局、少し長くなってしまったのですが「偈」の前まで書写することにしました。
しかし、この歳になりますと、長時間筆を持ち書写し続けると身体に障ります。特に私の場合は「目」に症状が現れました。中盤を過ぎたあたりで、目がチカチカして痛くなったので眼科で診察を仰いだところ、「字を書くとか、細かい仕事をやり過ぎていませんか?少し目を休めましょう。」と言われてしまいました。まだ折り返し地点を過ぎたばかりでしたので、複雑な気持ちではありましたが、「急がば回れ」と自分に言い聞かせて一週間ほど目を休めてから、気持ちを切り替えて続きを書き進めました。
また、お恥ずかしい話ですが行を間違えたり文字を間違えたり等々、書き直すこともしばしばで、ある一枚の最初の行をとばして書き出してしまったことに、最後の方で気がついたときには一瞬時が止まり、愕然としてしまいました。結局、その一枚は最初から書き直すことにしました。
とはいえ、今年の気象予報では6月7月は暑いと盛んにいわれており、また上記のような失敗に対処できるよう想定し、作品制作には早めに取り組み始めておりました。これが功を奏し、幾度かの書き直しなど、いろいろと苦労は有りましたが、無事締め切りまでに書き終わらせることができました。
会社を定年退職して自分の時間が持てるようになった折に、公民館活動で「“実用書道始めませんか”
講師:梅澤司翔先生」という3カ月コースの講座の募集が目に留まり、応募することにしました。この講座で初めて梅澤先生と出会い、また現代書道研究所並びに競書誌である『COSMOS銀河』についてお話を伺いました。この時の先生のお話にすごく興味を惹かれ、面白そうだと思いました。そこで、講座修了後は「銀河会大利根本部・梅澤書道教室」で引き続き書道の勉強をしてみようと、先輩・同級生を誘って入会しました。
書道を習うのは多分小学校以来だったかと思いますが、教えていただくほぼ全てのことが初めてで新鮮でした。九宮格を使って書くこと、臨書の際は手本を1oでも近くにおいて臨書する、すべては臨書から始まる等々の学び方は、大いに刺激を受け気合いが入りました。特に、中島司有先生の『三體千字文』は何度も繰り返し学習しました。この学習は毎年必ず時間を取って続けています。それと並行して欧陽詢の『九成宮醴泉銘』を手始めに、様々な中国の古典も勉強を重ねました。
また、梅澤先生との出会いをきっかけに、先生のご自宅となっているお寺でご主人が仏画教室を開かれていることがわかり、縁あってご夫妻から書道、仏画のご指導をいただいております。現代書道研究所への入会から19年、長きにわたり梅澤司翔先生にお世話になっております。
まず、私自身の経験上、第二の人生で新たに始める趣味として、取り掛かりやすいのが魅力だと思います。
用意する道具類はそれほど多くなく、極端に広い場所も必要ありません。ここ数年は新型コロナウイルスの影響で、自由に外出することもままならない日々を強いられましたが、書は自宅でも一人静かに書き進めることができます。従って自分の生活スタイルの中に組み込みやすく、自然と溶け込んで日常の一環を担ってくれます。また、頭と指先を使うので老化対策にはうってつけです。
そして、何歳から始めても、日々の努力を裏切らないし、少しずつでも、必ず結果が付いてくるということも書の魅力の一つだと思います。
この度は『文部科学大臣奨励賞』という身に余る賞を賜り、誠にありがとうございます。又同人推挙という名誉を賜り、佐伯司朗先生、佐伯方舟先生をはじめ現代書道研究所の先生方に深く感謝を申し上げます。
そして、今日までゼロから書の道に導いてくださった梅澤司翔先生には、感謝しかありません。本当にありがとうございました。梅澤書道教室の皆様にも、毎回のお稽古では色々とお世話になり、感謝しております。
また、結婚してからの会社員時代はもとより、定年後の書の道を進み始めて19年、いつでも私のために最大限協力してくれた妻には大いに感謝しております。
今後は、現代書道研究所の発展のために、微力ではありますが貢献していきたいと存じます。今後とも、ご指導・ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。この度は誠にありがとうございました。